こんにちは、チャコです。
8月は、更新が少なかったですが、9月は頑張るつもりです!
頑張るっていうか、過去のネガティブパワー大開放的な?
毒親の元に産まれたので、人生ハードモード。
人生ハードモードといっても、派手に不幸というわけでもなく。いまいち地味です。
むしろ黙っていたら、恵まれた幸せな人なんですよね・・・。
そんな普通の人のきっつい本当の話を面白おかしく語っていきたいですが、辛い話なだけに面白い要素ゼロで、毎回読むと嫌な気分になるだけですかね?
そんな中にも誰かの気づきになれば幸いです。
毒親育ち 自分が得をしてはいけない呪いのせいで搾取される
子供の頃から、自分が少しでも得をすると毒親が鬼のように怒りました。
常に鬼のようなジェットコースターママでしたけどね。
例えば、たくさんのリンゴがあったとします。例えです。
たくさんあるから他人にもあげようと思います。
自分だけが得するのは悪いことだからです。(←もう呪いが!)
綺麗で美味しそうなリンゴから他人にあげます。
そうすると、不味そうなリンゴしか残りません。
その時、自分の側に少しでも美味しそうなリンゴが残っていたら、
「他人に変なものを渡して自分だけ得しようなんて、なんて意地汚い子なんだ!!」
ともれなく毒親にボコられます。
なので、たくさんあったリンゴですが、残るのは不味そうなリンゴと不満だけ・・・。
その不味いリンゴすら、たくさん持っていると、
「欲張って!」
と毒親に責められます。
たくさんあった美味しそうなリンゴは他人に渡り、不味そうなリンゴがちょっとだけ残ります。
自分が得るはずだった成果を自ら手放すことになります。
そこまでしても、途中の「意地汚い子」と「欲張って」だけが毒親の心に残って責められ続けます。自己犠牲を褒められるかと思ったら人格否定です。
なので、少しでも自分が得することは、恐ろしい事であり、罪悪感を感じ避けなければならないことになります。
で、貰ったほうの他人が感謝してくれればまだ救われますが、そうでもなく・・・
こんなに美味しいリンゴをたくさんくれるんだから、チャコちゃんはもっと美味しいリンゴを持っているに違いない!ズルい!!
とかなっちゃうんですよね・・・
自分を犠牲にすることによって、見当違いの嫉妬や妬みを買うことになります。
もしくは、
美味しいリンゴをタダでくれるんならもらわなきゃ損!
とか。
私だって、タダでもらえるなら欲しいわ・・・
でも、タダで簡単に手に入るものって価値を感じにくいのよね。それが、いいものだとしても。
そしてまた、理由もなくドンドン与えてくれる人のことを、まともな人は気持ち悪がって警戒しますよね。
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自分が得をしてはいけない
得をしたら大変なことになる。
だから簡単に手放す。
手放したくないのに、罪悪感から手放してしまう。
他人を喜ばせなければいけない
他人が不幸になったら自分のせい
こんな奴隷根性だから、ドンドン他人に搾取されるんだろうね。
勝手に罪悪感を感じて、なんでも他人に譲る人・・・搾取されるために生きてる感じですね。
他人が喜ぶ姿を見ても
「嬉しい」というふうには思えず、
「ホッとした」気持ちにしかなれない。
自分を犠牲にまでして頑張っているのに、喜んでくれないとか殺意すらわく。(←毒化の芽が!!)
一見優しさに見えても、「嬉しい」と「ホッとする」には超えられないほどの壁があって、他人にも「嘘臭い優しさ」にうつるんだろうね。
だから、まともな人からは警戒され、
ヤバい人からは、「ハメられる前にハメてやろう」と搾取されるのだろう・・・
ただただ、感謝と優しさを返してくれたら満足するのに。いや、笑顔だけでいいんだよ。でも、それすら難しい。
チャコは、優しい人になろうと努力し続けたけど、本当の優しさを体験として得たことが少ないゆえ、「嘘臭い優しさ」しか会得できてないんだろうと思う。
表情も優しさも全部嘘臭いから、警戒されて当たり前なんだろうけど、ありのままの私じゃもっと受け入れてもらえず・・・難しい。
そもそも、「ありのままの私」が自分でもわからないのだけど。
人は、
愛されないと愛せない
というのは、魂のレベルでは本当なのだろうと思う。
・・・それを言ったらお終いなのだけど。
ブログランキングに参加中。応援してもらえれば、そこまで嫌われてないかもと思えるかも、チャコが。
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