毒親育ちの子育て&本当の話

毒親育ちですが、幸せに子育て中。

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毒親「おまえは何も感じないから、何をしてもいいんだ!」

こんにちは、チャコです。

 

発達障害の検査の体感(思い込みともいう)で、「自閉症スペクトラム」なんだろうなーと思って、ネットで検索しまくりです。

「全く違います!!何一つ問題ありません。気のせいです。心療内科で診ることもないので、○○科にでも行って下さい。それすら必要ないと思いますけどねwww」

と言われる可能性もあるので、書籍を買うのは結果を聞いてからかな。

ネットだけでも、「毒になる親」を初めて読んだ時と同等の衝撃がありましたけど。私の自己紹介をたくさん発見して震えました。

 

「鉄道に興味ないし(偏見)、コレクション狂でもないし(偏見)、人の気持ちもわかるから(間違い)私が自閉症スペクトラムのはずがない」

という認識でしたが、改めて思い出の記憶をたぐると空気読めてなかったわ。

 

「人の気持ちががわからない」

と言われることにもの凄い嫌悪感があるんですが、

母親からこう言われて、ボコボコに叩かれて育ったからだろうな・・・

「こんなに泣きじゃくって、許しを請うているのに、なぜ心がないと言うのか?」

その思いが、

「私にも心がある。他人の気持ちもわかる!!」

という怒りになって、自分の行動を曇らせていたんだろうな。

自己分析的には、

むしろ他人より感情豊か。が、自分の気持ちも感情も、他人に伝えるのが超下手くそな障害

がある気がする。っていうか、ネットに書いてあったわ。そんなようなことが。(一部曲解しています)

 

・・・それよりもね、毒母の方が人の気持ちが全く理解できてないと思うんだ。

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でもね、子供の頃は本当に空気読めてなかった気がする。

小学1年ぐらいかな?

凄く仲良しだと思っていた年下の友達の家に、約束なしで遊びに行ったら(放置子にありがちのノーアポ行動)、近所の子供をたくさん集めて誕生会してた。(年齢もバラバラ)

私だけ呼ばれてなかったわ。1個下だけど凄い仲良しだと思ってたのに!

普通ならこの辺で察して泣いて帰るんだろうけど、呼ばれてもないのに参加して、1日楽しく過ごして帰ってきたわ。

本当に楽しかった記憶があって、40年近くたった今、改めて震えています。楽しかった気持ちが恐怖。大丈夫じゃないぞ、子供の頃の私。

長年楽しい思い出として残っていたけど、10年後ぐらいには嫌われていたことに気が付いたな。成長したんだな。

ちなみに、その子とは誕生日会以降遊んだ記憶はないです。一方的に切られたんだと思うけど、気にしてなかったのか覚えてない。

その辺の時期に、それまで仲良しだと思っていた大半の子に縁を切られてるしな・・・

 

虐められていた記憶は山盛りだけど、鈍感力で認知できず、氷山の一角にすぎないのかもしれない。

滅茶苦茶記憶力がいいので、映像記憶として脳内再生すると、ホラー漫画のフラグみたいのがいっぱい発見できて超怖い。ホラーよりホラー。

楽しい記憶すら、今思い出すと「えっ?」となるもの。

どんなにイジメられても、

「私がいい子になったら、みんなと仲良くできるはず!」

と暗いくせに超ポジティブなところが、気持ち悪かったんだろうな・・・

 

自閉症スペクトラムいっさい関係なく、虐待と虐めから心を守るため、鈍感力が発動していただけかもしれないけどね。

どっちなんだろう。

その両方の気がする。

とりあえず、子供の頃の私・・・かわいそう。そして、すみませんでした、周囲の人。

来世があるなら、絶対地球に産まれたくない!!

死ね!ってご親切に言われなくっても、この世界で生きてるの向いてないってことは、子供の・・・3歳頃には痛感してたわ!!たぶん、もっと早いぞ。

 

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