毒親育ちの子育て&本当の話

毒親育ちですが、幸せに子育て中。

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校長を怒鳴りつけた祖父

こんにちは、チャコです。

 

小学校卒業まで父方の祖父母と同居していました。

同居しているのに、毎日母から祖父母の悪口を機関銃トークされ、仲良くすると「裏切者」扱いで叩かれ、罵られました。

ちなみに愛玩子妹は、「お爺ちゃんお婆ちゃん想いの優しい子~~」と同じことしても扱いが真逆で、好きなだけ甘えられたので、お爺ちゃんお婆ちゃんにも愛されていました。

 

悪口を聞いて育ったので、私と祖父母の仲はぎくしゃくしていました。

祖父母にとって、私は母の手下でしたから。

 

そんな祖父母ですが、強烈な思い出が。

ある日、突然謝りにきた校長に、寡黙な祖父が、

「ふざげるなーーー!!!謝ってすむことじゃない!!!」

と一方的に怒鳴り続けたんです。

それをこっそりトイレで盗み聞きしていたんですが、あまりの剣幕に脅えました。

そして、

校長先生に怒鳴り続けるなんて何てことしてくれたんだ!

明日から学校で校長にイジメられるじゃないか!!

なんて非常識なお爺さんなんだろう・・・

 

この時の記憶が鮮明に残り、母の悪口シャワーもあり、私の中の祖父は「寡黙なのに、自分都合でキレるヤバい爺さん」で固定されました。

つい、2,3日前までそう思っていました。

 

発達障害の検査を受けるにあたり、子供の頃のことを真剣に思い出しました。

自閉症スペクトラム(アスペルガー)の人は、映像記憶が得意なんだとか。(そうでない人もいる)

それも特にトラウマ記憶が得意で、常に頭の中でトラウマ上映会状態になっている人もいるんだって!それが体調不良にもつながって、苦しんでいる人が多いんだとか。

私のことや!!

・・・と確信したのに検査の結果は全然違って、虐待や頭を強く打った後天的なものなのかも?と考え直し、頭を強く打った記憶を呼び覚ましました。

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虐待されて、周囲の子供にも、先生にもイジメられていたチャコ。

滅茶苦茶大人しいのに、怪我もよくしたし、頭を強く打つのもよくありました。

家でも外でも、何をしても大丈夫な存在なので、怪我もよくしますわ。

ドッジボールの練習中、後ろに倒れた拍子に、地面の岩で頭を強く打って、立ち上がることもできず泣きながら助けを求めても、

「泣くな!やる気ないなら帰れ!!」

で、終わったもんなぁ。結局、頭が割れる痛さで大泣きしたまま一人で歩いて帰ったけど、打ち所が悪かったら死んでたな。

そんな「頭を強く打った」記憶もたくさんある。

「ケガをした(させられた)」記憶も含めるとたくさんある。

軽いケガならニヤニヤ笑われ、酷いケガをさせられた次の日からは、集団無視。

鬼のような母が優しく感じるのも無理なかったんだ。

 

冒頭の校長が家に謝りに来たのも、頭を打ったから。

 

頭を強く打っただけなら、これまでも何度もあり、校長も頻繁に家に来ていたはずだけど、これが最初で最後だと思う。

(昭和の先生は、今の先生程家庭訪問しなかったと思う)

 

そして、周囲もおかしかった。

慌てふためいて先生を呼びに行ってくれたもの。

私もいっしょに追いかけたので、よく覚えている。(←ここが最大のポイント)

いや、周囲でなく私がおかしいというより、ヤバかったのだ。

35年前後ぶりに、やっと点と点が線になった。

 

長くなるので続く。

 

どうしよう・・・子供の頃の私、すんごい可哀そうなんですけど!!

応援してもらえると、見つけもらえたような気がして心温まるので宜しく!

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